潮騒

01:21:39
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330円 ここは歌島である。人口千四百、周囲一里にみたないこ小島からは、伊勢海の周辺が隅なくみえる。北に知多半島、東から北へ渥美半島が延びている。西には宇治山田から津の四日市にいたる海岸線が隠見している。 この島にある八代神社への熱烈な信仰は漁夫たちの生活から自然生まれた……年間漁獲高の八割を占める歌島の蛸漁も、十一月にはじまって、今はもう終わりに近く、寒くなった伊勢海から、太平洋の深みへ寒を避ける。いわゆる落蛸を、壺が待ち構えていて捕まえる季節である。 きょうも、新治たちを乗せた太平丸は無事に浜に帰ってきた。その近辺では、初江たちが別の舟を浜へ引き揚げている。みんな懸命だが、なかなかはかどらない。そのとき逞しい腕が初江の目の前に現れ、舟はみるみる浜にあがった。その日、初めて初江はこれ以上日焼けしようもないという黒潮焼の肌をもった新治の顔をみた。 その新治は浜にあがると、いつものように山の手にある灯台長のところへ魚を届けに行く。きょうはでっかい半月だ。組合事務所で、稼ぎの歩金をふところに入れ、足取りは特別に軽い。修学旅行にいく弟の宏の笑顔が目に浮かぶからだ。それに浜辺でふとみつめあった娘の美しい黒い瞳がちらちらする。「あっ! 落した!」灯台長夫人のところに平目を届けた新治は、夫人との会話もそこそこで、山からひきかえした。 うす暗くなった浜辺で必死に給料袋を探す新治の前に、いつ現れたのか初江がニコニコ笑っていた。「組合できいて、あんたの家へ届けたけど、ほんまにそそっかしい子やって、おっ母さんたら……」「あ、わし、ほんまに助かった」感きわまってぽろりと涙を流す新治だった。 その新治は家に戻ると母親のとみから始めて初江の名前を聞かされた。「がんこ者の宮田の照爺いんとこの末娘やけど、えー子や、あのこはほんまに。たしか初江さんていうたかな」 その夜、床に入っても、新治は何故か寝つかれなかった。そんな気配を察したのか、とみは「十八位では、まだ女のことなんか考えるのは早いわ。それに相手は高根の花じゃ…宮田の照爺いンとこは、でっかい船二杯も持っとるような大金持やよって……な早く寝な」と、新治と弟の宏にきかせるようにいうのだった。 翌日から、八代神社の境内で拍手をうつ新治に、新しい祈りの言葉がふえた。「私はまだ少年ですが、いつか一人前のすぐれた漁師になれますように......やさしい母と幼い弟を護って下さいますように......それから、いつかわたくしのような者にも、気立てのよい美しい花嫁が授りますように! たとえば、宮田照吉の娘のような......」 漁区へ向かう太平丸の船上で、新治はいつになくぼんやりして船長の十吉からハパッをかけられた。弟の宏から、「初江さんのお婿さんには、川本の安夫さんという噂だよ」といわれたことが心にひっかかっているのだ。安夫は、東京の大学を卒業して、いまは島の青年会のリーダー格だ。母親とみの「成程、安夫さんならなア」ともらした言葉もシャクにさわる......また、とみは、水汲場で遇然、初江と顔を合わせ、初江の伊勢音頭のうまさに驚いたことも新治に報告した。 そんなある日、戦争中の遺物、鉄筋コンクリートの観的哨跡』に枯松葉をとりに行った新治は松林のなかでマムシにかまれた初江を救けてやった。そして思いもかけず初江の口から、安夫の婚の話は大嘘ときいて暗雲の晴れゆく思いがするのだった。 やがて二人は、漁が休みになる嵐の日に、三階建の『観的哨"のなかで会う約束をした。新治も、初江も、その日から、朝起きると窓を仰ぎ雲の行方を追った。 ある朝、新治は黒雲が走るのを見た。その日、新治は巨浪たち騒ぐ渚で、桜貝を拾い、松の梢がうなる山の手の観的哨で初江と合った。ずぶ濡れの二人は焚火を囲んで、下着を脱いだ。「わし、あんたの嫁さんになることに決めたもの」初江の言葉に、新治は幸福感の絶頂を味わった。自然に唇をかわす新治と初江。…… ……初江の手の中で、新治から贈られた桜貝が、ひときわ美しく輝いた。 数日后、初江は水吸場で、いきなり安夫に襲われた。「時化(シヶ)の日に、観的哨で新治と何しとったンや?ほれ、赤くなった......俺の目は千里眼だぜ。さあ、新治とやったこと、俺ともやれや...な同じことを......」 時化の日に、二人が山から降りてくるのを見たのは、実は春休みで東京の大学から帰ってきたばかりの灯台長の娘、千代子なのだ。新治に好意をよせる千代子は、たまたま窓越しに睦まじそうな二人をみて、血が逆流した。翌日早速安夫に告げ口したのだ。安夫に強引に押さえつけられた初江は、思いがけず十吉の出現で難をまぬがれた。十吉は、二人の姿をみかけると、何も知らずに二人をひやかした。だが、その日から、島の村人たちを驚かす噂がひろまった。新治と初江がおめこしたと子供たちがさわいだ。とみは新治に、ことの真疑をただしたが、きっぱりと否定する新治の顔をみて安心した。 一方、初江は、新治とあうことを禁じられた。しかし、二人に好意をもつ十吉によって、手紙が二人の間に往復した。また、海女たちの大先輩お春婆さんも、島の海女たちが乳房自慢で集まった浜辺で、初江の肩をもつ話をぶつのだった。「汝(んの)のは、正真正銘の処女のちちゃ」初江は思わず赤くなったが、内心では真実を認められて喜んだ。そんなある日、時化にあった歌島丸のために、新治が嵐の海に飛びこんで、遭離救助の大活躍をした。歌島丸の船主は照爺いである。安夫を始め若い漁師たちが沖の歌島丸を見てしりごみをするなかで、新治が決然と沖に泳ぎ出したのだ。初江は桜貝を握りしめて、神のご加護を祈りつづけた.........
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  • スタッフ
    原作 : 三島由紀夫 企画 : 笹井英男 脚本 : 棚田吾郎、須藤勝人 監督 : 森永健次郎 撮影 : 松橋梅夫 照明 : 高島正博 録音 : 太田六敏 美術 : 西亥一郎 編集 : 近藤光雄 音楽 : 中林淳誠 助監督 : 藤浦 敦 製作担当者 : 山下 昭 スチール : 武田高一
(C)日活株式会社

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