映像コンテンツ制作とその産業化 [映像コンテンツ制作のクリエイティブテクノロジー/第2章]
あらすじ
19世紀の終わりから20世紀にかけて、フランス、アメリカで相次いで映像を活用したコンテンツ産業が興った。それまで演劇やオペラ、奇術やバーレスクで人を集めていた劇場に強力な新メディアの映画が誕生したのだ。映画はすでに劇場が存在していたイギリス、ドイツ、イタリア、日本などに数年のうちに広がり、大きな人気を集めることになった。
映画制作の効率化が図られたのはフランスとアメリカである。しかし、芸術的な趣向が強いフランスに対して、人を集めお金を儲けるという実利傾向が強いアメリカは異なる道を歩んだ。舞台という限られた空間からなかなか抜け出せないフランスに対して、カメラを改良し音やカラーを付加することにより、歴史を再現したり豪華なレビューをつくりあげ、ハリウッドという映像コンテンツの産業クラスターをつくり上げたのはアメリカである。第二次世界大戦の寸前にドイツで完成したテレビ放送は、アメリカで大発展を遂げ、やがて1960年頃には世界中で映画を脅かすほどの人気を得た。世界中にできあがりつつあった映画産業界は、テレビを脅威として受け止め何とか排除しようとしたが、ハリウッドは積極的にテレビのための映像コンテンツ制作を取り込み、さらに巨大化していった。
本書では、映像の産業化に成功したハリウッドが、企画収集、スタジオ製作システム、映像表示技術をはじめ、観客に失望感を与えない内容展開の手法やリピーターを生むマーケティング技術など、国の圧力に屈せず自己改革してゆくことによって達成したことや、ディジタル技術にも積極的に取り組みこれまでのフィルムによるビジネスを新しく作り変えつつあること、ハリウッドに接するシリコンバレー出身の若い技術者がその後押しをしていることなど産業化への道のりを解説している。