ケイオス出版 5件 人気順 新着順 古代日本の魂信仰 折口信夫 古代日本人にとって「魂」とは何だったのか? なぜ剣や玉を神聖なものとして扱い、海辺に漂着した大きな石に注目し、季節の鳥の声に耳を澄ませたのか。 神々はどこから来て、魂はいかにして人に宿ると考えられていたか。 「古代の魂信仰」を深く知ることで、万葉集の歌の本来の意味も、大嘗祭、神楽、物忌みなどの神道儀式の本義も、正月やお盆などの年中行事の由来もおのずと解けてくる。そこから日本人にとって古来、何が大切だったのかも明らかになってくるだろう。 本書は「折口学」の中心テーマと言える「魂信仰」の論考を集めた。 現在、書店に流通している文庫・選集に未収録の作品から、講演録を中心に入門に適した七篇を厳選。 旧字・旧かなを新字・新かなに直し、ルビと注を多く入れ、読みやすいように編集した。 「昔の人々は霊魂信仰を深く信じていました。そのかたみとして、今日なお我々の生活の上に、いろんな形で印象されているわけです。そういう行事について、現在表面上の関係が認められないからと言って、知らないで過しているのは、あまり寂寥(せきりょう)な生活と言わねばなりません。(中略)それは、何も昔の生活をもう一度復興させようと言うのではありません。我々が今日、なぜこういう生活をしているのか。その理由を知る事なのです」(本書所収「鳥の声」より) 1,265円 やがて死ぬけしき[増補版] 玄侑宗久 死んだらどうなるの? あの世ってどういうところ? 昨今のエンディングノートの流行、葬式や墓に対する意識の変化から「いろは歌」に見られる日本人の根っこの死生観、仏教や荘子の死の捉え方、がん医療とターミナルケア、そして誰でもできる「死の練習法」まで、安らかに死を迎える智慧と心構えを語る。 品切れになっていたサンガ新書の『やがて死ぬけしき』を復刊。コロナ禍やウクライナ戦争をふまえて新たな1章を設けるなど、大幅に加筆修正を施した。 1,265円 会社を変える戦略 山本真司 本書は講談社現代新書として刊行された『会社を変える戦略』(2003年)の復刻版。可能な範囲で情報をアップデートし、約20年を振り返って「復刻版の出版にあたって」を書き下ろした。 本書は経済と経営の原理原則から、初版発行当時はグローバル・スタンダードとされていた「株主至上主義」を否定し、現在主要なオピニオンになっている「オール・ステークホルダー経営」を主張している。また、大企業における「選択と集中」の方法を詳説しているが、そのような戦略転換をなし得た日本企業はまだ少ない。加えて、本書で批判する「バズワード(流行り言葉)を後追いする経営」に陥り、アップルのように独自性を貫く「マイ・スタンダード経営」が実現できない日本企業は今も多い。現在も十分役立つ内容と考えられる。 ファイナンス、コーポレート・ガバナンス、選択と集中、事業価値マネジメント、有事の組織体制、戦略的コスト削減……ある企業のトランスフォーメーション実践ストーリーを通して、MBA的知識はもちろん、経験深いコンサルタントの洞察からも学べる「会社を変える総合戦略書」。 1,584円 アミターバ 玄侑宗久 死の瞬間、私たちは何を見るのか。魂はあるのか。それはどこへ行くのか。がんを患った女性の「死のプロセス」を、禅僧の芥川賞作家が臨死体験記録や宗教体験をもとに迫真のリアリティで描いた。 ――娘夫婦の住む東北に移り住んだ「私」は、80歳を前にして難治のがんに侵される。死後、魂はどうなるのか。天国や地獄はあるのか。娘の夫で僧侶の慈雲さんに尋ねると、仏教のお経の話とともに最先端の物理学の話までしてくれる。 「アミターバ。つまり無量の光。あるいはアミターユス。無量の命。要するに阿弥陀さんですよ。いいですかお母さん、極楽浄土ってのは、なにか私らには計り知れない存在の意志や思いが実現してる場所らしいんですよ。それを疑わないことです」 家族と最期の時を過ごし、徐々に自分の死を受け入れ、思い出の時間と場所を意識が往来するうち、今ここの現実と思い出の境界、それらを一つにまとめあげる時間の感覚も次第に薄れていく。そして光に満たされる圧倒的な体験とともに「私」が見たものとは? 近親者の死を見送った方々をはじめ多くの共感を得、作家・批評家に絶賛された「死という出来事」を追体験する小説。 「今回、久しぶりに読み直しながら、私は末期の時空を追体験していた。そして『時間という煩悩から解放された状況』が、あらためてなかなか佳く書けていると思えたのである。 私は今でもこのようなことが末期には起こるような気がしている。いつ『意識の混濁』を体験してもおかしくない……、いや、やがて死ぬすべての人々に、『アミターバ』を読んでほしいと思う」 (復刻版のための「あとがき」より) 1,210円 日本人に合ったがん医療を求めて 水上治 半数以上が治る病気になったとはいえ、がんは3人に1人が亡くなると言われ、死のイメージがまだ強い。告知の仕方によっては、がん患者は「自分の死」に直面し、不安から冷静さを失ってうつ状態になってもおかしくない「限界状況」に陥る。医師はそういうデリケートな心理状態の患者に対し、最善の配慮ができているのだろうか? 日本の大病院では、医師が多忙すぎることもあり、患者にきめ細かい配慮ができなくなっている。電子カルテやCT画像ばかり見て、ほとんど話もできない「3分診療」で、患者を傷つける言動や配慮を欠いた余命宣告がなされることもある。医師は患者と十分距離を置き、感情移入せず、医学的事実のみを冷静に伝え、すべて自己決定で医療がなされるべきという米国の教科書をモデルにしているのかもしれない。 たしかに、米国の医学は今も最先端であり、がん医療も「いい意味での合理主義」に貫かれている。学ぶ点はまだまだ多い。しかし、シビアな余命宣告と手術リスクを何十も書き連ねた承諾書に象徴される医師と患者のドライな関係は、医師の大半が訴訟を経験する社会には合っているのかもしれないが、場との調和を重視し、自己主張せず、告知に衝撃を受けて、うつ病や自殺まで追い込まれがちな日本の患者に適合しているとは到底思われない。 本書では、45年間に1万人以上のがん患者を診てきた専門医が、長年の臨床経験と思索をもとに、がん告知、余命告知、治療の選択、がん患者の心理、生命の予測不能性、医師と患者の望ましい関係など、がん臨床の主要テーマを語る。死を前にした患者との胸に響くエピソードを交え、森田療法や西田幾多郎の哲学も参照しながら、医師、患者、家族とも悔いのない「日本人に合ったがん医療」のあり方を追求する。 1,265円 1 TOP 電子書籍(本・小説) ケイオス出版