ノモンハン秘史[完全版]

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あらすじ

日本が第二次大戦に敗れたのは、よくいわれるようにアメリカ軍との物量戦の差、戦闘を保証できる生産力やロジスティックスその他による、総合力の日米差にあった。日本陸軍についてやや弁護するなら、当時日本陸軍の主戦場はシナ大陸で、アメリカ軍とは具体的な戦闘シミュレーションもなかった。太平洋は海洋日本の威信を担ったはずの海軍の受け持ちで、陸軍の守備範囲ではなかった。大東亜戦争開戦後、海軍のずさんな作戦のために制空権をアメリカに奪われたことから海上補給路が断たれ、精強を誇る日本兵がその実力を発揮できぬまま、南方の孤島のジャングルで飢餓と病気のために次々に命を落としていった。昭和の破滅の原点を陸軍のノモンハンに見出し、この失敗の教訓を活かさなかったことが、その後のさらなる悲劇を招いたとする従来の通説は、根拠の乏しい空論に過ぎない。かつて作家の半藤一利氏は『ノモンハンの夏』という本を書いた。氏はこの作品の最後の締め括くくりに、辻政信を登場させ、ノモンハン事件の責任を問われることもなく、再び蘇って対米開戦を推進し、国家を破滅に追いやったと述べて、物語の幕を下ろしている。だが、「指揮官と参謀が愚劣で、手前本位でいい調子になっている組織は壊滅する」などの表現を、ノモンハン事件にそのまま当てはめることができるだろうか。現代史を語る難しさはここにある。とはいえ、私が何よりもうれしいのは、本書に新たな事実と、著者自らの記録を会させることによって、ノモンハン事件を見直すきっかけが生まれることである。「ノモンハン事件に象徴される、わずかな局地的戦闘から日本陸軍の硬直性を見出し、日本軍の全体像のように括る」ことよりも、「なぜアメリカのような怪物を味方につけることができず、心ならずも敵にまわして全面戦争に追い込まれたのか」を真剣に考えるべきだろう。そこにこそ、第二次大戦で惨敗を喫したわれわれの教訓があるのではないか。(東京国際大学教授・福井雄三氏)